「旧西条藩田宮流居合術発祥の碑」


令和7年12月9日の朝、車の窓から富士山を観ながら西へ急ぐのは、関西から四国への出張の仕事が入った為で、今号の稲妻は私の紀行文の形をお許し願いたいと思います。暫しお付き合いの程お願い致します。


夕暮れ時の刈谷SAで休憩しつつ、名古屋まで7時間の運転の後、夕食が食べられそうなお店を探していたら、名古屋城の近くの歩道に火縄銃を抱えた金色の信長像がありました。しかし信長と言えば、清洲城や岐阜城、安土城のイメージが強く、名古屋城ならば尾張徳川家の城と言う気もしますが・・・

翌日の仕事が早く終わったので、徒歩で名古屋城を見物しました。しかし16時で内覧は終了でしたので、間に合わず庭園から夕暮れ時の名古屋城の写真を携帯で撮影。夕日に追われて宿泊ホテルにカメラを置いて来てしまったのを後悔しました。


次の仕事現場は愛媛県西条市。写真は瀬戸大橋.

たまたま今回の仕事先が愛媛県西条市でしたので空き時間で訪ねたかったのが、こちらの西條神社さんです。

先代の正麟元信宗家の教本の中に「旧西条藩田宮流居合発祥の地」の碑の写真が掲載されていました。この碑は西条神社様の山門脇の境内に有り、

御詣りさせて頂きました!先代宗家の御弟子さん達が旧西条藩田宮流保存会を組織して、現在でも活動されているとの事でした。こちらの神官さんの塩出様も田宮流居合を稽古されている剣士で、ご不在でしたが奥様にご挨拶してきました。現宗家元達先生の事も良くご存知で、関東の皆様にも訪ねて欲しいですねと仰っていました。神明会20周年も有りますので、妻木宗家と共にちょっと遠方ですが、20周年記念として訪れてみるのも良いかも知れません。飛行機で羽田から松山空港まで2時間弱、15ooo円程、松山観光で1泊、西条神社さん参拝/演武で1泊翌日帰宅の2泊3日なら無理が無いかも知れません。予算と刀輸送の問題もありますが・・・

西条神社さんのお隣には、初の神風特攻隊(敷島隊)隊長関行男氏を祀る栖本神社さんが有りました。本で関中佐の事は知っていましたが、愛媛県西条市(旧新居郡大町村)出身だと知りこちらもお詣りさせて頂きました。

「田宮流居合術神明会 忘年会」

令和7年12月13日土曜日、神明会の忘年会が久里浜の中華レストラン康永楼様で行われ7名が参加いたしました。皆様の親睦が深まると共に本年もお疲れ様でした。私は、仕事で参加出来ず済みませんでした!来年度もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

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